京大過去問 2011年 第1問(英文和訳)

/ 3月 13, 2021/ it-to構文, 仮定法, 英文和訳, 京大過去問, 難易度★★, 難易度★★★, 構造が見えにくい, that, 並列, 同格, コロンとセミコロン, andの並べるもの/ 3 comments

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【問題】

次の文の下線をほどこした部分(1)~(3)を和訳しなさい。

The word ’history’ has two senses: what happened in the past, and what we say in the present about what happened in the past. In the first sense, history as past events is imagined as a country stretched out ‘behind’ us which we could visit if only we had a time-travel machine. History as the surmises, interpretations and narratives constructed today is base on what those past events left for us — it survives in the form of documents, letters, diaries, ruins unearthed by the archaeologist, artefacts known or judged to be old. These are the residue of what has otherwise gone; historians study and arrange them, like pieces of an incomplete jigsaw puzzle, in order to fashion a coherent story. History, in the sense of past time, is accessible only through history in the sense of today’s incomplete jigsaw puzzle; we can get at it in no other way.
Among the indispensable resources of the historian are contemporary accounts of past events written by witnesses. Of course these accounts have to be approached with scepticism; the historian must remember the human inclination to dramatize, enlarge a share or minimise a responsibility, write with bias, distort the facts whether deliberately or unconsciously, ‘spin’ the events or tell outright lies. (1)Even so, first-hand reports are valuable and important. Without diaries and reports, memoirs, newspapers and other contemporary records, historians would have a very hard if not impossible time. This was what Thomas Carlyle had in mind when he defined history as ‘a kind of distilled newspapers’, though of course he thereby ignores the task of checking and interpretation that the historian uses to turn those records into an organised whole. Moreover a great deal of the raw material used by historians consists of other less interesting factual records, such as lists of names, account books, legal documents, and the like: a far cry from, say, diary entries and personal letters, reportage and memoir.
It is these latter accounts, though, that give the freshest and most vivid impression of the past, however much spin and bias they contain. The documentary raw material of history has the immediacy of presence, the directness that characterises communication from someone who was there and felt and saw the things reported. Any policeman will tell you that four witnesses at the scene of an accident will give four different stories of what happened; so we must accept that every contemporary account is one person’s account, filtered through subjectivity and the often unreliable channel of memory. (2)Nevertheless it is impossible not to be gripped, absorbed and often moved by letters, diaries and court records. It is quite different experience from reading novelised versions of the events, and even historical accounts of them. The consciousness that the writer was there makes a big difference. If, as you read, you recall the cynical view of Santayana that ‘history is a pack of lies about events that never happened told by people who weren’t there’, you might not be able to resist a smile. (3)He meant today’s historians writing about the past; but the same applies to the creators of their resources. Some letters and diaries might indeed be a pack of lies, and their authors might not really have been where they claimed to have been — but it is reasonable to suppose that most are the authors’ version of the truth. And the fact that they were written close to the described events makes them compelling.
A.C.Grayling, 2010, Thinking of Answers
 

【和訳】

『歴史』という言葉には2つの意味がある。過去に起きたこと、そして過去に起きたことについて我々が現在述べること、の2つである。1つ目の意味においては、過去の出来事としての歴史は、我々の『後ろ』に広がっている国として思い描くことができ、それはタイムマシンを持ってさえいれば訪れることができる場所である。現在構築される推測・解釈・物語としての歴史は、過去の出来事が我々に残したものを基にしている。それは文書・手紙・日記・考古学者によって発掘される遺跡・古いものと知られている、あるいは古いと鑑定された遺物、といった形で伝わっている。これらは、こうした形でなければ失われていたものの残余である。歴史家は、一貫した物語を形作るために、まるで不完全なジグソーパズルのピースのように、それらを研究し配列する。過去の時間という意味における歴史は、現在の不完全なジグソーパズルという意味における歴史を通すことによってのみ、手が届くものになる。他の方法では手に入らないのである。
歴史家にとって必要不可欠な資料の一つが、目撃者が過去の出来事について書いた当時の記述である。もちろんこうした記述に対しては懐疑的態度で臨むべきである。歴史家は、脚色したり、自らの役割を誇張したり、責任を極力少なくしたり、偏見を持って記述したり、意図的であれ無意識であれ事実を歪曲したり、出来事を『でっち上げ』たり、あからさまな嘘をついたりするという人間の性分を忘れてはならない。(1)そうはいっても、直接の体験による報告には価値があり、重要である。日記・報告書・自叙伝・新聞、あるいはその他の同時代的な記録といったものがなければ、歴史家の仕事は、不可能ではないとしても、極めて厳しい状況に追い込まれるだろう。これはトーマス=カーライルが歴史を『一種の抜粋された新聞』と定義した時に、彼が考えていた事である。もちろん彼がそう定義する時、各種の記録を統一されたものへと体系化するために歴史家が用いる検証と解釈の作業は、無視されているのだが。さらに言えば、歴史家によって使用される生の資料の大半は、名簿や会計簿や法文書といった、それほど興味をそそられないその他の事実の記録から成っている。そしてそれらは、たとえば日記の記載や個人的な手紙、報道や自叙伝といったものとは、かけ離れたものである。
しかし、どれほど捏造や偏見が含まれていようと、過去について最も生々しく鮮明な印象を伝えてくれるのは、後者の記述なのである。当時の記録としての生の歴史資料には、その現場との直接のつながりがある。つまりその場にいて、その出来事を感じ目撃した人から情報を受け取る場合に顕著な直接性である。ある事故現場に4人の目撃者がいれば、発生した事に関して4人とも異なった証言をすると、警官であれば誰でも言うだろう。したがって、いかなる同時代の記述であれ、主観と、信頼できない記憶という経路を介した、個人的な記述であることを覚えておく必要がある。(2)にもかかわらず、手紙や日記や法廷の記録には、引きつけられ、魅了され、時には感動させられずにはいられない。それは出来事を小説化したものや歴史的に説明したものを読むのとは全く違った経験である。筆者がその場にいたのだという意識が、大きな違いを生むのである。これを読みながら「歴史とはその場にいなかった者によって語られる起きもしなかった出来事についての一連の嘘である」というサンタヤナの冷笑的な所見を思い出した人は、おそらく笑みを禁じ得ないだろう。(3)彼が述べていたのは、過去について書いている現代の歴史家についてなのだが、同じ事が歴史家の資料を書いた人達にも当てはまる。手紙や日記の一部は本当に嘘ばかりかもしれないし、それを書いた本人がいたと主張している場所に本当はいなかったのかもしれない。しかしそのほとんどは、書いた本人にとっての真実であると考えるのが理にかなっている。そしてそれらが、語られていることに近い所で書かれたという事実によって、圧倒的な説得力を持つのである。
 

【難単語・難熟語】

    • if only → ~さえすれば
    • surmise → 推量する、推測する
    • narrative → (口頭・文字による)物語
    • document → 文書、書類
    • artifact → (歴史的価値のある)人工物
    • residue → (かたく)残余
    • otherwise → もしそうでなければ、さもなければ
    • fashion → 形作る
    • coherent → 首尾一貫した、筋の通った
    • accessible → 手が届く、手に入る、利用可能になる
    • get at A → Aに手が届く、手に入る
    • contemporary → 同時代の(ここでは『現代の』という意味ではない)
    • scepticism → (=skepticism)懐疑的態度
    • inclination → 傾向、好み
    • dramatize → ドラマ化する、脚色する、大袈裟にする
    • enlarge → 拡大する、誇張する
    • share → 貢献、役割
    • distort → 歪める
    • spin → (だまそうとして・話を)作り上げる
    • outright → 完全な、はっきりした
    • first-hand → 直接体験した、じかの
    • memoirs → 自叙伝、回顧録
    • if not~ → 〜ではないにしても
    • have hard time → 苦戦する、困難な状況になる
    • distill → 蒸留する、抽出する、抜粋する
    • thereby → それによって
    • organised whole → 組織化された全体
    • turn A into B → AをBに変える
    • raw → 加工されていない、生の、未処理の
    • consist of A → Aから成り立っている
    • be a far cry from A → Aとはかけ離れている
    • entry → 記入事項
    • reportage → ルポタージュ、現地報告、報道
    • latter → 後者の、後者
    • documentary → (映画・新聞などの)記録作品の
    • immediacy → 緊急性、直接性
    • presence → ここではその場に居合わせたということ
    • characterise → 特徴付ける
    • A characterise B → AがBを特徴付ける、AはBの特徴である
    • subjectivity → 主観
    • channel → 経路、手段
    • grip → 強く引きつける
    • absorb → 夢中にさせる
    • make difference → 違いを生む、重要である
    • Santayana → サンタヤナ。スペイン出身の哲学者。
    • cynical → 冷笑的な、皮肉な
    • a pack of A → 大量のA、一包のA
    • mean → 〜を指して言う、〜について言う
    • reasonable → 理にかなっている、無理がない
    • version → (特定の立場からの)見解、解釈、説明
    • compelling → 有無を言わせない、注目せずにはいられない
 

【読解・解答のポイント】

難易度★★★Even so, first-hand reports are valuable and important. Without diaries and reports, memoirs, newspapers and other contemporary records, historians would have a very hard if not impossible time.

そうはいっても、直接の体験による報告には価値があり、重要である。日記・報告書・自叙伝・新聞、あるいはその他の同時代的な記録といったものがなければ、歴史家の仕事は、不可能ではないとしても、極めて厳しい状況に追い込まれるだろう。






 
難易度★★Nevertheless it is impossible not to be gripped, absorbed and often moved by letters, diaries and court records. It is quite different experience from reading novelised versions of the events, and even historical accounts of them. The consciousness that the writer was there makes a big difference.

にもかかわらず、手紙や日記や法廷の記録には、引きつけられ、魅了され、時には感動させられずにはいられない。それは出来事を小説化したものや歴史的に説明したものを読むのとは全く違った経験である。筆者がその場にいたのだという意識が、大きな違いを生むのである。








 
難易度★★★He meant today’s historians writing about the past; but the same applies to the creators of their resources. Some letters and diaries might indeed be a pack of lies, and their authors might not really have been where they claimed to have been — but it is reasonable to suppose that most are the authors’ version of the truth.

彼が述べていたのは、過去について書いている現代の歴史家についてなのだが、同じ事が歴史家の資料を書いた人達にも当てはまる。手紙や日記の一部は本当に嘘ばかりかもしれないし、それを書いた本人がいたと主張している場所に本当はいなかったのかもしれない。しかしそのほとんどは、書いた本人にとっての真実であると考えるのが理にかなっている。











 

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3 Comments

  1. (1)そうはいっても、直接の体験による報告には価値があり、重要である。日記・報告書・自叙伝・新聞、あるいはその他の現代的な記録といったものがなければ、歴史家の仕事は、不可能ではないとしても、極めて厳しい状況に追い込まれるだろう。
    に関して、単語説明に記載されているように、contemporaryは、同時代の(その時代の)と訳された方が適切かと思いました。

    1. kkさん、いつもご指摘ありがとうございます。

      おっしゃる通りです。現代的ではおかしいですね。訂正しておきました。

  2. 細かくて済みません。「surmise → 推量する、推測する」に関して、本文中では名詞で使われているので、「推量、推測」の訳の方が良いのでは。

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